東京高等裁判所 平成2年(行コ)27号 判決
静岡県浜名郡舞阪町舞阪三七三四番地の二
控訴人
杉本正博
静岡県浜松市中田島町九五三番地の四
控訴人
杉本忠博
右両名訴訟代理人弁護士
三井義廣
静岡県浜松市元目町一二〇番地の一
被控訴人
浜松税務署長訴訟承継人浜松西税務署長
鈴木鹿太郎
静岡県浜松市砂山町二一六番地の六
被控訴人
浜松税務署長訴訟承継人浜松東税務署長
倉田外茂男
被控訴人両名指定代理人
浅野晴美
小野雅也
川原雅治
加藤定男
右当事者間の贈与税決定処分取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 浜松税務署長(被控訴人浜松西税務署長において権限を承継)が昭和五八年一〇月二六日付けで控訴人杉本正博に対してした昭和五七年分贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
3 浜松税務署長(被控訴人浜松東税務署長において権限を承継)が昭和五八年一〇月二六日付けで控訴人杉本忠博に対してした昭和五七年分贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文と同旨
第二当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおり(ただし、原判決二枚目表九行目、同裏一〇行目、同三枚目表二行目及び同四枚目裏八行目の「被告」をいずれも「浜松税務署長」に、同三枚目表九行目、同五枚目表四行目、同五行目及び同裏六行目の「被告」をいずれも「被控訴人ら」に、同行及び同六枚目表四行目の「原告」をいずれも「控訴人ら」に、同四枚目裏末行の「一〇〇〇分の一〇」を「一〇〇分の一〇」にそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。
(控訴人らの主張)
浜松税務署は、原審口頭弁論終結後の平成元年七月一〇日、浜松西税務署と浜松東税務署に分割され、浜松税務署長の行った控訴人正博に対する処分権限は被控訴人浜松西税務署長が、控訴人忠博に対する処分権限は被控訴人浜松東税務署長が、それぞれ承継した。
(被控訴人ら)
右事実を認める。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当裁判所も、浜松税務署長が控訴人らに対して行った本件各処分はいずれも適法であって、控訴人正博の被控訴人浜松西税務署長に対する本訴請求及び控訴人忠博の被控訴人浜松東税務署長に対する本訴請求は、いずれも失当であるから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。
(一) 原判決理由中に「出資者」とあるのを「社員」に、単に「出資」とあるのを「持分」に、「所有」を「保有」にそれぞれ改める。
(二) 原判決六枚目表一〇行目の「2」の次に「の事実及び被控訴人らが控訴人ら主張のとおり浜松税務署長の処分権限を承継したこと」を加え、同裏六行目の「被告」を「被控訴人ら」に改める。
(三) 原判決八枚目裏八行目から次行にかけての「したものであり」から同一一行目の「するものであって」までを「したものである。このような評価方法は、社員が会社から現実に受ける利益であるところの経常的な配当金に着目し、その多寡に応じて持分の現在の価値を求めようとするものであるうえに、その上限を評価通達一七九の定めによる評価額により画することにより、納税者の不利とならないように配慮をしているのであって、これらの点からすると、税務処理上、迅速かつ画一的な評価方法としては」に改める。
(四) 原判決九枚目表二行目の冒頭から同裏六行目の末尾までを次のように改める。
3 本件会社の五五事業年度の配当には、特別手当、記念配当等の名称によるものはなく、普通配当として年配当率四〇〇パーセントの配当がされ、また、五六事業年度の年配当率は零パーセントであったことから、浜松税務署長が評価通達一九四、一七八(2)イ、一八四、一八八(3)イに基づいて本件会社の持分一口当たりの価額を二万円と評価したことは、前記認定のとおりである。
4 控訴人らは、本件会社の五五事業年度の年配当率四〇〇パーセントの中には、将来毎期継続することが予想できない特殊な配当率が含まれているから、この分を前記評価通達にいう特別配当、記念配当等と同じく、年平均配当率から控除すべきであると主張し、原審証人高見功祐の証言及び原審における控訴人正博本人尋問の結果中には、五二事業年度から五五事業年度までは、設備投資を行わなかったこと等の影響により配当率がいずれも四〇〇パーセントとされたのであり、本件会社にとつては異常に高率の配当であるとの供述部分がある。
しかしながら、成立に争いのない甲第二、第三号証の各一、二、第三〇ないし第三五号証の各一、二、乙第二ないし第六号証(原本の存在とも)、第九号証、第一〇号証並びに原審証人高見功祐の証言及び原審における控訴人正博本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
ア 本件会社は、設立以来昭和五五年までその持分の一〇〇パーセントを廣瀬ら同族が有していたところ、経営基盤を固めるため、昭和五六年末から昭和五七年にかけて、本件会社の従業員であった控訴人ら同族以外の者が合計五パーセントに当たる出資の贈与を受けた。もっとも、この贈与にもかかわらず、廣瀬ら同族は、依然として出資持分の九五パーセントを有しており、廣瀬ら同族のみで本件会社の経営を支配するに十分であり、実際にもそのようにしてきた。
イ 本件会社の四六事業年度から五八事業年度までの当期末処分利益、年配当金額等は別表本件会社の業績等の推移記載のとおりであった。これによると、四六事業年度から五一事業年度までは、配当率が三〇〇パーセントないし一〇〇パーセント、配当金全額の末処分利益に占める割合は五五パーセントないし二〇パーセントであった。ところが、五二事業年度から五五事業年度までは、設備投資を行わなかったこと等により当期未処分利益がそれまでの年度に比し多めに計上されたことなどから、配当率はいずれも四〇〇パーセントであり、配当金全額の未処分利益に占める割合は六〇パーセントないし四〇パーセントであった。五六事業年度から五八事業年度までは、経営方針を変更し、過去に行うのが適当であった設備投資も含め、相当の設備投資を行ったこと等により、未処分利益が五二事業年度から五五事業年度までに較べると半分程度に落ち、配当率も零パーセントとしたが、それでも、未処分利益の半分を配当に回すことにより、二〇〇パーセント以上の配当が可能であった。
ウ 控訴人らは、昭和五六年一二月にも本件会社の持分の贈与を受け、これについては評価通達による算定方法により評価した持分の評価額(配当率を四〇〇パーセントとし、持分一口あたり四万円とする。)で贈与税の申告がされており、また、本件会社は、五八事業年度において、廣瀬孝之から一口当たり四万円で自社持分を買い取っているが、それが当時の純資産割合からすると適切な持分の評価額であった。
ところで、有限会社においては、ある期において利益が計上されたときは、有限会社法の定めに従うかぎりにおいては、そのうちのどれ程を配当に充てるかは、会社の経営政策の一環として、最終的には社員総会における持分に応じた多数の意思にしたがって自由に定めることができるものであるところ、前記認定したように、廣瀬ら同族が一貫して本件会社の持分の全部ないし圧倒的多数を保有していたから、社員の大幅な変更により配当政策の著しい変動を余儀なくされる事態は生じていなかったのであり、五五事業年度もまたその例外ではなかったということができる。そして、出資一口の金額は、出資の払込みにおける一口当たりの最低金額ではあっても、配当の多寡を判断する基準となるものではないから、年間の配当金額がこれに対して四〇〇パーセントであること自体をもって直ちに異常な配当であるということはできない。また、前示証人高見の証言及び控訴人正博本人尋問の結果によれば、五二事業年度から五五事業年度にいたる間四〇〇パーセントの配当を行った背景には、労働組合との間で争議があったことや配当金のうちから別途の支出を想定していたこと等の事情により出資者への配分を手厚くするとの経営政策があったことが窺われるけれども、配当額を定めるにつき、経営上の諸般の状況が考慮されるのは当然のことであり、右認定の事情もまたその一環であって、同族会社においてはこのような政策をもって一概に不自然なものということはできないことと四〇〇パーセントの配当を実施してもなお未処分利益に対する配当金の割合が五〇パーセントを超えたのは五五事業年度だけであったことを考慮すると、同年度にいたる四事業年度において右配当を実施したことをもって異常な事態であったということは困難である。
以上の認定及び判断を総合すれば、本件会社の五五事業年度における配当率は、異常なものではなく、その配当中に実質上特別配当、記念配当等と同様の毎期継続することが予想できないものが含まれていたものということはできない。」
(五) 原判決九枚目裏七行目及び一一行目の「被告」をいずれも「浜松税務署長」に、同八行目の「である」を「と評価して差し支えない」にそれぞれ改める。
二 よって、原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橘勝治 裁判官 小川克介 裁判官 南敏文)
役員賞与金・配当金の推移
〈省略〉